何かを得たければ価値を世に提供しろ

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お金、名声、信頼、人脈……

これらはすべて尊く、価値のあるものです。これらを欲しいと思うのは当然であり、それ自体は決して問題ありません。

しかし、自身が何も提供していないのに、何かを求めるのはアンバランス。仮に何も提供せずとも何かを手に入れたのであればそれは単なるラッキーか、自覚していないだけで既に何かを提供していただけのこと。

どのようなものであれ、何かを得るためには何かを提供する必要があります。この「何か」とは本当に様々ですが、わかりやすくいえば価値のことです。

お金を手に入れる方法としてもっともわかりやすいのが仕事です。仕事をすればお金を得られるのは、労働という形で価値を世に提供しているから。個人事業主であれば報酬や売上という形でお金が入ってきます。

名声についても、何か成果を上げた結果として得られるものです。最初から名声を得ることを目的に動く人は自分のことしか考えていないため、「人々は何を求めているのか」「自分は世間のために何ができるのか」という視点が欠けています。これでは価値を提供するという成果を上げることはできず、名声にもつながらないでしょう。

信頼や人脈も同じ。これらも何かを提供することで集まります。とはいえ信頼や人を集めるためには、大きな何かというよりは、時間や約束を守ること・気持ちの良い挨拶をすること等、どちらかというと小さな積み重ねの方が大切かもしれません。良い場や良い雰囲気作りに貢献する、といった感じでしょうか。この話は長くなるので別の機会に譲るとして、いずれにせよ、信頼や人脈も、貢献という価値の提供の結果として集まるものなのです。


仕事を頑張っているつもりでもお金につながらなければ、残念ながら、価値を提供できていない可能性が高いです。頑張りの方向がズレており、自身が提供しているものが人にとっては無価値というケースも考えられます。

もしくは、お金以外の何かを得ている可能性もあります。例えば収入自体は平凡な額でも、ものすごい信頼を集めているというケースです。そのまま信頼を得続ければ、困った時に誰かが助けてくれたり、信頼できる人という理由で大きなビジネスの話が舞い込んできたり……といった幸運が起こり得ます。


世の中は複雑で、何が売れるのか、どのような売り方をすべきなのか、人々が何を求めているのか……わからないことばかりです。

しかし根底には「何かを得るためには価値を世に提供するしかない」という絶対的なルールが存在します。

欲しい欲しいと自分のことばかりを考えず、どうすれば価値を世に提供できるか考え続けましょう。それが結果として、何かを得るための最短ルートとなります。


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